星じゃなくて

だって君の笑顔だけが起こせる奇跡だから

ジャニーズWEST沼に両足突っ込んだ嵐ファンの今までと今とこれから

人生って本当に何が起こるかわからない。でも、だからこそ、楽しいのかもしれない。

この2ヶ月でわたしの人生は大きく変わった。2ヶ月前、自分自身がこんなことになるなんて少しも想像しなかった、いっぱい考えた、悩んだ。しんどいって友達に何度も相談した。だけど実はめちゃくちゃ楽しんでた。今もめちゃくちゃ楽しんでる。

そんなわたしが嵐ファンとして歩んだ約8年間のヲタク人生と、平凡だったそれが急変したこの2カ月間と、今も続く葛藤の話をします。

 

 

2008年、友人の影響で嵐というグループのファンになりました。ただ顔が格好いいという理由だけで櫻井翔くんのファンになりました。当時のわたしの目は間違っていなかったと思います。櫻井くんって本っ当に格好いいと今でも思います。

 

それから親や祖父母を巻き込んでCDやDVDや雑誌を買ってもらったり、コンサートに連れて行ってもらったりしました。母が昔アイドルを追いかけていた人だったこともあり、幼いながらもそれなりに充実したファン活動をしていました。

そしてその中で彼らの内面に触れていく度に、櫻井翔くんという人のことがもっともっと好きになりました。人として尊敬し、憧れるようになりました。

 

2010年頃でしょうか、周りには嵐のファンが沢山いました。個々の好きなアーティストがいて嵐ファンではないという友人たちもほとんどがメンバーの名前は勿論、嵐の曲を知っていました。毎日友人たちと嵐の出演していたテレビ番組の話で盛り上がっていました。楽しかった。わたしの好きな人をみんなも好きで、みんなでわたしの好きな人を褒め合っている時間がとっても楽しかった。その時の嵐はわたしにとって友人たちとの1つの架け橋のようなものでもありました。そのときに比べれば今周りの嵐ファンの数は減っていると思います。それでもわたしは嵐が好きでした。

 

だからってずっと嵐だけを応援してきたわけではありません。ヘキサゴンが放送されていたときは上地雄輔さんが好きでした。"Sexy Summerに雪が降る"が発売されたときは佐藤勝利くんが好きでした。ワクワク学校でHey! Say! JUMPと共演することが決まったのをきっかけに聴き始めたJUMP da ベイベーで髙木雄也くんが好きになりました。AKB48グループは板野友美さんから始まって今は矢吹奈子ちゃんを応援しています。色んな人やグループに熱したり冷めたりしていたけれど、その間もずっと嵐だけは変わらず好きでした。

 

わたしはとても貪欲で我が儘な人間だから、いつからか物足りなくなっていたのかもしれません。わたしが嵐というわたしの人生の大部分を支えてくれた存在から少し距離をとった理由はそこにあるかもしれません。だけどなにより、寂しかったんです。気付いたら嵐はとても大きな存在になっていました。わたしが好きになった頃から大きかったけれど、もっとそれ以上に、なんとなく遠くなってしまったような気がしていました。でもそれに気づいてしまったらどうしようもなく寂しくなるとわかっていたから気づかない振りをしていました。多分2年くらい。

 

でもそれすら出来なくなったのは、"日経エンタテインメント!2017年1月号"がきっかけでした。

ツアー2日目以降はネットでセットリストを見る人が多いから本当に緊張した空気感は初日だけのものになりつつある。

これを読んだとき衝撃を受けました。彼らが度々MCでこの話をしていたのは知っていました。でもそれはおふざけの延長での軽い注意のようなものなのかと思っていました。身内だけでの話なのだと思っていました。雑誌の見出しになるほどの話だとは思っていませんでした。正直わたしも同じように初日とオーラス以外はどの公演でも一緒だと感じていました。でもまさか本人たちまでそう思っていたなんて。見放されたんじゃないか、そう感じました。それまでハッキリとは示されてこなかった彼らのわたしたちファンに対する諦めのようなものを、彼らの言葉で、雑誌という今後も残るであろう媒体で見せられたような気がして、彼らとファンとの間には明確に距離があるのだと教えられたような気がして。それがわたしにとってはとてもショックな出来事だったのです。彼らが間違ってるわけではない。でも少し残念だと思いました。嵐は、どこにでもいる親しみやすい近所のお兄ちゃんみたいなアイドルだと思っていたから。親しみやすさが彼らの武器の1つだと思っていたから。ずっと近くにいてくれると思っていたから。ファンという存在を1歩どころじゃなく2歩も3歩も後ろに下がって見ているような、そんな言葉を発するような人たちだなんて思ってなかったから。もっと違う言い方があったんじゃないか、っていうのはわたしの我が儘なのでしょうか。

 

この3年くらいは、コンサートに行っても『会う』ってよりは直接『見る』っていう感覚に近いと思うようになっていました。『ファンとの距離を縮めること』よりも『自分たちが作る世界を見せること』に重きを置いているような、そんな感覚でした。だからコンサートに行けなくても大してなにも思いませんでした。彼らが見せてくれるエンターテインメントに興味が無いわけではないし、むしろ彼らが作る世界観は好きでした。でもわざわざコンサートに行かなくてもそれはDVDで見れるんだから、なかなか出ないDVDを辛抱強く待てばいい。そう思うようになりました。

彼らが見せるエンターテインメントは本当に素晴らしいと思います。けれどわたしが望むのはどちらかと言えばそっちじゃない。彼ら自身で魅せて欲しい。『会いに行きたい』。アイドルに『会える』コンサートに行きたかったんです。

こんな文句みたいなことばっかり言ってるけれど決して嫌いになったんじゃなくて。テレビもラジオも雑誌もチェックしていたし、CDやDVD、コンサートグッズ、公式写真も買っていました。あの5人が、特に櫻井くんが好きなのには変わりなかった。5人を見ていたいって気持ちは変わらなかった。変わったのはコンサートに行きたい!って気持ちが小さくなったことくらいでした。でもそれって案外大きなものだったみたいで、知らないうちに心にぽっかり穴が空いてたんですよね。ロマンチストみたいな表現になりましたけど。でもどうすることも出来なかった。寂しかった。『会いた』かった。ただそれだけだったんです。

 

 

ここまでが8年間のヲタク人生の話で、これから本題、わたしのヲタク人生が変わった2ヶ月の話。忘れもしない、2016年12月25日。忘れたくない、2016年12月25日。

 

 

「じゃにすとくん京セラでやるねんて!しかもクリスマス!」「え!いいやん行きたい!」こんな軽い気持ちがスタートでした。幸運なことにチケットも手に入り、予定なんてあるはずもなく、友人(キスマイ担)と2人でクリスマスの京セラドームへ足を踏み入れたのです。まさかわたしの平和なヲタク人生が大きく変わるなんて夢にも思わずに。

 

正直な話、このコンサートに行くことが決まるまでメンバーのフルネームすら知りませんでした。知ってる曲は♪ええじゃないかええじゃないか〜と♪ズンズンドッコ〜とレンタル救世主の曲(タイトルは知りませんでした)くらい。ワクワク学校のときは櫻井くん、相葉くんを中心に嵐しか見ていなかったので、記憶の中にじゃにすとくんはほぼいませんでした。なんか全体的に大きかったことくらいしか印象として残っていなくて、誰が誰の助手についてたかすら思い出せませんでした。藤井くん、小瀧くんのドラマで嵐メンバーとの共演経験がある2人は、撮影時のエピソードやその後の交流などを聞く機会があったので、2人に関しては無知ではありませんでしたが深くまで知っていたわけではありませんし、他の5人に関しては顔とあだ名以外はなにも知りませんでした。

 

そんなアイドルのコンサートが始まってすぐ、わたしボロボロ泣いたんですよね。周りのジャス民さんたち誰1人泣いてないのに、ジャス民じゃないわたしがわんわん泣いて友人に心配されました(苦笑)だってめちゃくちゃ良かったから!!!!冒頭から全力でやってるのがガンガン伝わってくるし、本人たちもファンもすんごい楽しそうだし、なによりファンをよく見てるし大事にしてるなあって。わたし、あんなに何度もアイドルに「大好き」って言われたの初めてだったんですよね。何度も何度も「大好き」「ありがとう」って言ってもらったのがめちゃくちゃ嬉しかった。1回も応援したことなんてなかったのに。あの日が初めてだったのに。めちゃくちゃ泣けた。最初から最後まで『ファンと一緒に』作るコンサートで、『ファンに直接感謝を伝える』ための場所でした。すごいなあって思いました。感動しました。羨ましくなりました。わたしも参加したいって思いました。「ありがとう」って言ってもらえる立場にちゃんと立ちたいって思いました。(コンサートのもっとちゃんとした感想はまた今度書きたいと思っています。)

コンサートが終わったあと、なんだか懐かしい喪失感と、今まで感じたことのないくらい大きな満足感に襲われたのをはっきりと覚えています。満ち足りた気持ちってこういうことなのかって思いました。すごく幸せだった。幸せもらった!って感じがした。また行きたいって心の底から思いました。曲は全然わからなかったし、声を聞き分けることもメンバーを見分けることすら出来なかったのになんかすごい楽しかった。それがじゃにすとにハマるきっかけでした。

 

それからじゃにすとの曲を聴き漁り、テレビ番組、ラジオ番組、雜誌のチェックを始め、過去ラジオを聴き漁り、完全に沼にハマってしまったという訳です。わたしが関西人だからかもしれませんが親近感すごいですよね!みんなキャラがちゃんとあるし、MCでも思ったけどこれでもか!ってくらい人を笑わせることに命かけてる。そしてなにより本人たちがのびのび自由に楽しそうにやってる。アイドルなんだからそこまでしなくてよくない?とか、誰か1人くらい格好つける人いなくていいの?とか最初は思ったけど、多分それがジャニストの良さなんですよね。関西人らしさ爆発してるところすごい好感持てる。そしてなにより本人たちがのびのび自由に楽しそうにやってる。(2回目)そういうところが彼らの存在をより身近に感じさせるんだろうなあと勝手に解釈しています。その感じさせ方はちがうけど、近所の仲良しなお兄ちゃんたちな雰囲気は嵐と似ているなあと思いました。

とは言っても、嵐とじゃにすとって全然毛色の違うアイドルじゃないですか。わたし女性アイドルにしてもそうなんですけど、どちらかと言えば王道アイドルが好きなんです。だからまさかじゃにすとにこんなにものめり込んでしまうなんて思わなかった。本人たちも言うようにアイドルっぽさあんまりないし、楽曲も意味わからないの多いし、ボケすぎてしょっちゅう渋滞してるし。でもあの憎めない雰囲気っていうか、なんでかわからないけど元気になれる魔法かけてくれる人たちだと思うんですよね。一周回って好きかもしれない(笑)

去年、担降りを経験した友人に「まさかこんなグループ興味ないし好きになる訳ないってグループに以外と堕ちるから注意しーや」って言われたことを思い出しました。まさにそうでした。あのときもっとちゃんと話聞いとくべきやったわ、ごめんな友達。アドバイスありがとう。でももう手遅れみたい。

 

 

ついこの前まで、この宇宙で1番格好いいのは櫻井くんだと思っていました。この宇宙で1番可愛いのは櫻井くんだと思っていました。この宇宙上のすべての人、ものの中でわたしが1番好きなのは櫻井くんだと思っていました。この宇宙に櫻井くん以上に好きになれる人なんていないって本気で思っていました。そんなわたしの宇宙に流れ星の如く現れた王子様・藤井流星くん。(神山くんも気になります。)

流星くんを櫻井くん以上に好きになれるかどうかはわかりません。でも今のわたしは彼の笑顔を見る度に、彼の声を聞く度に、彼のことを考える度に、苦しくなるくらいドキドキしています。

まだわたしは流星くんをよく知らない。だからこそむしろ楽しみです。これから彼のことを沢山知れるんだと思うとすごく楽しみ。彼が見たいと思う景色を一緒に見たい。彼の夢を一緒に叶えたい。そして夢を叶えた場所で、今よりもっと素敵な成長を遂げた彼が流す綺麗な涙をまた見たい。すごくない?これからわたしはもっともっとキラキラ輝く彼を見れるんだよ?こんな幸せなことある?

流星くんだけじゃなくてじゃにすとがもっと大きな舞台に立つ姿を見たい。ついていきたい。「俺らは変わらない、遠い存在にはならない」って彼らの言葉を信じて。何年経っても今と変わらないことやってる彼らを見て、らしいねって笑いたいんです。

 

 

この文章を書くまでに沢山考えました。結局わたしが出した結論は、担降りも担増し(?)もしない1年間の保留。諸事情でこの1年は思うようにヲタク活動出来ないので、この1年でじゃにすとくんへの気持ちが冷めなければ1年後、ファンとしての活動を始めようかなと。とは言ってもテレビもラジオも雑誌も、メディアは全部追いかけるつもりなんですけど。全然冷める気しないんですけど。

そしてあれだけ色々言っていた嵐から降りるという決断はできませんでした。彼らがまた戻ってきてくれるんじゃないかって期待を捨てられませんでした。捨てたくありませんでした。戻ってきて欲しい。嵐がくれる幸せをもう1度味わいたい。青春を捧げた王子様にもう1度魅せられたい。嵐が本当に好きだから。

でも同時にこのハマり方は2つのグループを並行して応援できるタイプじゃないなっていうふうにも直感していて。まだまだ葛藤は続きそうです。考えれば考えるほど、追いかければ追いかけるほど、じゃにすとくんの沼に堕ちていってる自覚はあるんですけど、やめられないんですよね。なんだろう、あの本人たちが全力で楽しんでる感じ、笑顔が伝染っちゃうような錯覚に陥る感じ、すごく好き。もっと見たい!見せて!って思っちゃう。 ずるい。

 

 

1年後、決断を下すとき、わたしが楽しくヲタク出来ていれば、胸を張って幸せだと言えればいいなと思います。そしてわたしの大好きな人たちが笑っていてくれればいいなと思います。さあ、どんな未来が待っているのでしょうか!!!!!楽しみ!!!!!!!